サトウタナカの手記

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不眠症の人間がこの名作を読んだら 『カール・ヒルティ, 眠られぬ夜のために <第1部>』の感想

 

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 

 

 次第

1. どんな本?

 手に取れば分かるのだが、所謂小説ではない。エッセイに近いだろうか。『緒言』から始まり、1月、2月、3月…と暦のように章が進む。聖書などの文献を引用しながら、ヒルティ自身の思想や宗教観、生活の知恵を、眠られぬ夜を過ごす人のために伝える、といった内容である。

 眠れない夜は辛い。健康な人でも、一時的に眠れないことがある。また慢性的に、あるいは断続的に眠れぬ夜をすごす人には、それなりの原因があるものである。その原因から受けるストレスが不眠をもたらし、不眠が日中の不調をもたらし、さらにストレスを大きくし、また眠れない夜が来る……。自分も不眠症だった時期が数年間あり、”眠れない夜を過ごすこと”がどれほど辛いか、痛いほどわかる。

 ヒルティはこの不眠を、(適切な治療を受けるか、)せめて有効に活用しようではないか、と言っているのである。

 第2部も出版されているが、こちらは未読です。

 

Keywords: 内省, エッセイ, 眠れない夜

この本が関係しそうな問い

  • 眠れない夜をいかに過ごすべきか

2. 実際に眠れない夜に読んでいた時のこと

 あなたは一体何を欲するか。本当に落ち着いたときに、あなた自身にそれをたずね、そして正直に答えなさい。

 

 

ヒルティ著, 草間平作, 大和邦太郎訳, ”眠られぬ夜のために 第一部”, 岩波書店, pp.199-200, (1973)

  自分にとってはこれが良くも悪くも最も心に残った部分のひとつである。

 当時は眠りにつくのが遅いとか、途中で起きてしまうという程度ではなく、ただの一睡もできなかった。処方された薬を飲んでも眠ることができない。40時間起きて8時間寝るというようなサイクルだった。

 寧ろお得じゃん! めっちゃ仕事してやろ! という発想になったこともあった。ヒルティの言う通り、現状で治癒が難しいのならば、不眠という状況に順応する方が生産的だ。しかし眠くない(眠れない)だけで、疲労はたまるのである。頭の中は常に徹夜明け状態のような感じだった。だから単純作業なら生産性は少し上がるが、考えるような作業はとにかくできない。本当に当時は死ぬかと思った。

 ある日の夜、また眠れないのでこの本の続きを読んでいた時に、この箇所に行きついた。こうした自分自身が非常に弱った時、自分の欲望や希望を問うことは非常に有用だと思う。なぜなら自分の思考を不安から逸らすことが出来るし、端的に、自分のしたいことを考えてワクワクするのは楽しい。それに辛い状況であればあるほど、他人の目や自分のプライドなど、余計なものを度外視した、自分の純粋な欲求を見出しやすい。

 当時自分から出てきた答えは、「恋人か女房(旦那)が(いれば)」だった。我ながら素朴な答えが出てきたなーとその時は思っていた。無自覚ではあったが、もしかしたら人間関係に疲れていて、他人からの癒しや安心が欲しかったのかもしれない。

 この発見から実際の行動を起こせばよかったんですがね、ええ。 

3. 最後に

  本書には、内省的かつポジティブな考えが散りばめられている。他にも、他人から不正を受けたときの考え方や、人間関係等、現代の自分たちにとってもそう疎遠ではないトピックばかりだ。100年以上前の人たちが、今の自分たちと同じようなことに悩み、苦しみ、ヒルティがそんな人たちのために本書を書いたと思うと、なかなか感慨深いものがある。

 眠れられぬ夜を過ごす人も、そうでない人も、読めば何かしら心に響く箇所があるかもしれない。