サトウタナカの手記

徒然なるままに、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつけるブログ

歴史的リーダーと精神疾患との関わり 『ナシア・ガミー, 一流の狂気』の感想

 

一流の狂気 : 心の病がリーダーを強くする

一流の狂気 : 心の病がリーダーを強くする

 

 

次第

 

1. どんな本?

 『天才』というと、どんな人を想像するだろう?

 天才は屡々狂気と結び付けられる。古くはアリストテレスが、優れた業績を残した人物とその人物の持つ憂鬱な傾向との関連を指摘している。一方で、遺伝学者のフランシス・ゴルトンは、これとまったく逆の見方をする。彼は知能を脳の健康の指標のように考えていた。

 本書では、前者の、天才と精神疾患とを関係したものとして考える立場を取る。

 著者の主張では、『世の中が平和な時には、精神的に健康な人がリーダーとしてうまく機能しやすく、世の中が荒れているときには、精神的に病んでいるリーダーが最もうまく機能する』としている。これを『正気の反転法則』と呼ぶ。

 本書はこの主張を、心理学及び歴史学の視点から、主に政治的リーダーについて考察したものである。議論の対象となるのは、副題の『心の病がリーダーを強くする』の通り、指導者の天才ということらしい。

 ”精神的に病んでいるリーダー”として、南北戦争の際、北軍司令官のひとりとして活躍したウィリアム・シャーマン、アメリカの実業家テッド・ターナーウィンストン・チャーチル、エイブラハム・リンカン、マハトマ・ガンディーなどが登場する。またこうした人物との対比として、”精神的に健康なリーダー”も本書で考察される。

 著者のナシア・ガミー(S. Nassir Ghaemi)は医学博士であり、他にも文学士、哲学修士、公衆衛生学修士と、かなり見識が広いようである。また、本書は240もの参考文献、公開されていない資料とウェブサイトなどを根拠に議論が展開される。本当に参考文献が多く、かなり著者の熱意を感じる本だ。

 

Keywords: 天才, 精神疾患, 精神医学, 史学, 心理学的歴史学

この本が関係しそうな問い

  • 精神疾患(躁病、うつ病)は罹患者に何らかの恩恵を与えるか?
  • 精神医学から読み解く一流指導者達の歴史

2. 論理展開

本書における著者の論理展開を、少々乱暴に整理すると

 大前提:

 精神疾患のなかで躁病とうつ病には、4つの重要な要素(リアリズム:正しい現実認識、レジリエンス:反発力、エンパシー:共感、クリエイティヴィティ:創造力)が含まれている。これらの要素が、世の中が荒れているときのリーダーとしての能力に寄与する。この4つの要素は日常的な意味合いではなく、科学的に定義された意味である。

 小前提:

 歴史的に見て、荒れていた時代に傑出した能力を発揮した、一流の、あるいは天才的なリーダー達は、うつ病・躁病(精神的に不健康)であった可能性が高い。一方で、精神的に健康なリーダーが、能力を発揮できない、あるいは失敗することがある。

 安定した時代においては、精神的に健康なリーダーたちは高い成果をあげている。一方で精神疾患であった可能性が高いリーダーたちは、能力を発揮できないか、低い評価を得ていた場合がある。

 これらの例を本書では列挙し、考察する。

 結論:

 『世の中が平和な時には、精神的に健康な人がリーダーとしてうまく機能しやすく、世の中が荒れているときには、精神的に病んでいるリーダーが(4つの要素を活かし)最もうまく機能する』

 と整理できる。

 本書の主要な内容からすれば、主題の一流の狂気(主題原文:A First-Rate Madness)よりも、副題の心の病がリーダーを強くする(副題原文:Uncovering the Links between Leadership and Mental Illness)の方がより内容を表している。

3. 気になった箇所

 私がこの本を読んだ動機としては、2つある。

 ひとつは前述の通り、昔から言われている精神疾患と所謂”天才”の関係を、専門家はどのように見ているのか、ということを知りたかったから。

 ふたつめは、精神疾患の考え方について。一般論として人と異なる部分というのは、扱いによって短所にも長所にも成り得るものだ。ならば深刻な状態から回復したのなら、精神疾患への傾向もまた、活かす術があるのではないか。そんな私的な考えを検証したかった。

 結論としてはこれも前述であったように、本書の”大前提”の部分にその記述があった。躁病とうつ病には4つの重要な要素がある。うつはこれら4つの要素すべて含み、躁では創造力とレジリエンスの2つの要素が認められる。これらの考えは、どうやら科学的な実験に基づくようだ。

 本書ではそれらの要素について述べている章が幾つかある。4つの要素のうちリアリズムについて、本書の第三章『表が出れば私がつかんだ勝利、裏が出ればそれはたまたま』で解説されている。

 うつ症状のない学生グループとうつ病の症状を一定程度持つ学生グループの2群において、被験者はボタンを押し、ランプがつくかどうか観察するという実験を行った。このランプ点灯は、実は実験者側で操作されており、押せば必ず点灯するわけではない。押した際にどの程度の割合で点灯するのか操作されている。実験は「無報酬」、点灯のたび「報酬(金)あり」・「罰(金を失う)あり」の条件で行われた。

 結果は、あらゆる条件において、うつ病症状をもつ学生グループは自分がどの程度点灯を制御できているかについて、正しく判断出来ていた。一方で、うつ病症状のない学生グループは、どの程度制御できているかについて過大評価していたのである。これを「抑うつリアリズム」と呼ぶらしい。

 前述の通り、精神疾患と精神的優位性は古くから関連性が検討されてきた。本書の他にも、『創造性に富むものはよりうつ病精神疾患にかかりやすい』というシルヴィア・プラス効果など、探せば仮説は沢山見つかるだろう。

 ただ、こういった実験結果を現実の出来事に安易に結び付けて考えるのは、危険な気がする。これらは繊細な問題であり、やはり病状の渦中にいる人間は苦しい。本書はあくまで”読み物”として読むべきだと感じる。

4. 最後に

 本稿はあくまで本の感想であるので、著者の主張はともかく、読み物としての感想を述べたい。

 私には医学の素養は皆無である。しかしそれでも、著者が現代の精神医学的知識を基に、歴史的リーダーを再解釈するという本書は、非常に野心的で興味深いと感じた。読んでいて、本当にそう言い切れるのかといった疑問もある。おそらくは著者の主張にそぐわない論文や実験結果もあるだろう。また著者の主張である『世の中が平和な時』や『世の中が荒れている時』とは、どうやって定義するのか。心理学及び歴史学における挑戦的な試みである反面、論理が大枠になっているとも感じる。一般向けではあるが、医学的・史学的・心理的知識のある方ならより深く読めるだろう。本書の最後では、著者が精神疾患の”良い面”を見出そうとしていたことが窺える。

 著者の主張の信憑性について、気になった方は是非読んでみてほしい。本書には参考文献も多く、気になった箇所の根拠を辿ることもできるだろう。