サトウタナカの手記

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妬みか、事実か。 『ジェフリー・フェーファー, 悪いヤツほど出世する』の感想

 

 

次第

 

1. どんな本?

 車道をすれ違う趣味の良い高級車や、高級住宅街にある豪邸を見て、どんな悪いことをしたらあんな稼げるんだろうと思ったことは無いだろうか。お金持ちほど後ろ暗いことをしているはずだ、という揶揄が込められた昔からある言葉だ。果たしてこの言葉は真実なのだろうか。

 自分が子供のころ、知らない大人が似たようなセリフを言っているのを聞いて、半分は真実かもしれないが、半分は偉くなれなかった人間の妬みであろうと思っていた。自分が大人になってこの言葉をもう一度考えてみると、やはり自分も『悪いヤツほど出世する』のは本当だと思っている。そしてその自分の考えもまた、世間で大した地位を獲得できなかった人間の、妬み僻みかもしれないが。

 金、権力、女(男)は、多くの人が抱く、普遍的で分かりやすい欲望である。そしてこれらは大抵の場合セットだ。お金があるから権力があり、権力があるからお金を集められる。すると異性からも注目される。これらに共通するひとつの要素は承認である。金はそれ自体が共通通貨として承認されているから価値があり、異性から価値を承認されることは所謂モテに繋がる。そして権力もまた、特定の職業や職位を多くの人が価値あるものとして承認するからこそ、そこに力が生まれる。”出世する”とは、つまり承認を同じグループの人間から得る過程であるとも解釈できる。

 前置きが長くなったが、本書は表題の通り、『悪いヤツほど出世する』ことに関して、我々がリーダーに対して抱いている誤解を解き、職場の”悪いヤツ”から身を守るためのアドバイスを授けてくれる。筆者はスタンフォード大学ビジネススクール教授を務めたジェフリー・フェファー(Jeffrey Pfeffer)で、本の内容は体系的に整理されているものの、やや講義のような語り口をしているように感じる。原題は”Leadership BS: Fixing Workplaces and Careers One Truth at a Time”であり、邦題とは少々異なる。翻訳は村井章子による。恐らくこの邦題は翻訳者によるものと想像するが、内容を読んでみると、この邦題の方がしっくりとくるし、何より好奇心を刺激するタイトルだろう。

 訳者である彼女の言葉を借りれば、本書は皆が薄々感じていることをデータに基づいてずばずば言ってのける、爽快な内容である。そう、本書によれば悪いヤツほど出世するのは、事実であるらしい。一般的にリーダーに必要とされている素養、謙虚・自分らしさ・誠実・信頼・思いやりといった事柄について、皆が想像するリーダー像と実際のリーダーとのギャップを示し、具体例を挙げながら、なぜそうなのか、なぜその方が良いのかを説明していく。

 

Keywords: 組織行動学, 処世術, 権力, リーダー教育

この本が関係しそうな問い

  • 悪いヤツほど出世するのは本当か?
  • リーダーに必要な資質とは?

2. 謙虚なリーダーの方が良い?

 率直な自分の考えをまず述べたい。ナルシストな人間達は、職場において自分の利益を目敏く守り、自らの非は認めず、気弱そうなターゲットを見つけては高圧的な態度や陰湿な方法で攻撃し、あらゆる手段で自分の優位を誇示する。同僚からは嫌な奴と思われるだろうし、彼らが語る自身の能力や実績と実際の姿とは大きく異なるだろう。言い方は悪いが、弱い犬ほどよく吠える、つまり能力が高ければ自身を誇大広告する必要は無い訳である。自分は、このような人間を世の企業・官公庁の幹部達は本当に評価しているのか疑問だった。それに、単純に組織全体で考えれば、この手の人間はいない方が効率は良くなるのではないか、とも考えていた。実際には有能でないにもかかわらず自身を誇張し、さらに周囲の人間を委縮させているのだから、集団全体の効率が下がり、組織にとっては好ましくない人材だろう。

 この本によれば、私のこういった考えは、概ね間違いではないが実情とは異なるらしい。実際にはナルシストなリーダーの方が多いし、自信過剰は出世に有利であるという。

 そもそも、謙虚なリーダーはなぜ良いのだろうか。ひとつは、当たり前のことだが皆それぞれが潜在的自尊心を持っているからだ。他人の仕事に駆り出された時や上司から命令されてやる仕事よりも、自分の仕事をするほうが誰でもやる気が出る。つまり自身の能力を尊重してもらった方が、あるいは仕事を任せてもらえた時の方がやる気が出るということだ。また、”授かり効果”と呼ばれるものがある。自分が所有するものにより価値を感じる、言い換えれば自分が既に得ている利益が損なわれることを避ける心理である。リーダーが部下の能力を認めず仕事を任せなければ、または部下の業績や手柄を自分のものにしていたら、部下がやる気を失うのも当然のことだろう。

 さらに、対外的な状況について考えてみる。本書では、しつこく自己宣伝する人は他人からの評価が良くない一方で、自分の能力や実績を控えめに語る人は好感度が高いという。さらに別の調査では、自慢の多い人間ほど能力が低いという結果が出ているらしい。ここまでの内容から考えると、先ほどの私見はそれほど間違いではないようである。しかし、本書はこれらの記述に続き、なぜ謙虚でないリーダーはもっとよいのか? と展開していく。

3. ナルシストなリーダーの方が有利である理由

 まず断っておきたいことがある。本書における”ナルシスト”は、恐らくではあるが、日常で使うような意味ではない。心理学では「自己愛性人格障害」と呼ばれることにも触れ、研究成果からリーダーのナルシスト度と謙虚度を知ることが出来ると述べている。自己愛人格目録(NPI)というテストが開発されていることや、調査で具体的にどのようなデータから”ナルシスト度”を評価したかも説明される。本書では”性格”というかなり繊細なものを考察対象とした内容である。また、実験の対象者をひとりひとり調査した訳ではないだろう。しかし、考察は十分に科学的であったと考えられる。

 まずリーダーになるまでの過程について、ナルシスト型の行動は有利に働き、自信過剰の方が成功しやすい、と本書では主張する。なぜなら往々にしてリーダーの役割というものは何をすべきか具体的ではなく、したがってどのような人物がリーダーに最適なのかよく分かっていないからだ。それどころかリーダーが良くやっているかさえ、明確には判断が難しい。こうした状況では、自信満々に決断するナルシスト型の方が、有能であると印象付けやすい。また、最初に強い印象を受けると、第一印象と一致しない情報は無視され、一致する情報は過大評価されるようになる。こうした心理の働きは”確証バイアス”と呼ばれる。最初に優秀な人材であると印象付ければ、相手は勝手に都合の良い情報を集めてくれるという訳だ。つまりリーダーの役割が不明瞭である以上、自信満々に振舞う人間がいれば、有能なリーダーであると印象付けることが出来、人によっては本人の言葉を鵜呑みにしてしまう。そうすれば、集団の中での発言力は益々強くなる。また、過剰な自己宣伝は印象としてマイナスであるが、リーダーを選ぶ側に対して存在をアピールすることは出来る。少なくとも、存在感が無くては候補にすら挙がらない。自分を売り込むには、謙虚さをかなぐり捨てて、自分はその地位や報酬に相応しい人間であると思わせることが必要である。まだ社会的な地位や立場が確立していない人間が謙虚に振舞うと、不安や無能力の表れであると受け取られる可能性がある。

 またリーダーになってからもナルシスト型は有利であるとされる。本書によれば、ナルシスト型リーダーが率いる組織の業績は、そうでないリーダーが率いる組織を上回っている。ナルシスト型のリーダーは、部下と軋轢を起こしがちであるものの、コミュニケーション能力(!)、創造性、戦略的思考の点では高く評価されているらしい。さらに、ナルシスト型のCEOは他の経営陣よりも報酬の差が大きく、在任期間も長い。

 私の記憶では、日本で以前、CEOによるアメリカの大学卒業スピーチを聞いて哲学を学ぶことが流行っていたことがある。スティーブ・ジョブズスタンフォード大学で行った”Stay hungry, Stay foolish”スピーチなどが有名である。当時はすごい人がいるものだと感心してスピーチを聞いていたが、よくよく考えてみれば、スピーチの内容は経済やマネジメントというよりは人生全般についてであった。賢人の言葉ではあるのだろうが、彼らは良い人生を歩んだから有名になったのではない。会社経営で秀でたため有名になったのである。極端なことを言えば、有名サッカー選手から野球の話を聞いているようなものだ。今考えると、そこまで有難がるものだったのか疑問である。自分以外にも彼らの言葉に熱心に耳を傾ける人間が多かったのは”確証バイアス”のためだったのではないかと、今は思う。

4. 与える人こそが成功する?

 過去にベストセラーになった『アダム・グラント, GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』では、本書と一見矛盾する主張をしている(こちらの本も既読)。この本の主張では利他的な人間をGiver、利己的な人間をTaker、そして損得のバランスを取る人をMatcherとしている。そして社会的にはGiverが最も成功しており、次いでTaker、そして最も多いタイプとされるMactcher、さらに最も成功していないのは自己犠牲的なGiverであるとしている。

 本書ではこのベストセラーにも触れており、この一見相反する主張は、母数の問題であるとも示唆している。社会には利他的な人間は相対的に少ない一方で、ナルシストな人間は実際には多く、特にリーダーには珍しくない(本書ではここ数十年で大学生のナルシスト度は大幅に上がり、またアメリカ人のナルシスト度は他国の人々に比べて高いとする調査結果に触れている)。つまり、そもそも職場に”Giver”は滅多に居ないのである。

5. 大抵のリーダーは噓をつく

 優秀かつ正直で高潔なリーダーも存在するとしつつ、実際は大抵のリーダーは嘘をつくし、真理を追究する学問の世界でさえ嘘は珍しくないと言う。

 なぜ彼らは嘘をつくのか。それは、滅多に罰せられないからである。

 自分はこの短い回答に非常に納得した。経歴詐称などで問題となり辞職したリーダーは居るが、際立った実績を挙げていた場合や、人々が信じたい嘘をついた場合には、リーダーにとって深刻な事態にはなり難いという。著者は嘘をついていたとされるリーダーを産学官それぞれについて具体例を挙げている。特に競争の激しいソフトウェア産業においては、競争相手が嘘をついているのに自分たちが正直では太刀打ちできないことを、嘘がまかり通る理由の一つとしている。嘘とまで言って良いのか疑問であるが、日本においても、ビッグタイトルのゲームが発売延期を発表することは珍しくない。単純に開発予定が遅れているだけかもしれないが、そこにはリーダーの無茶な発言や、企業としての商戦といった事情が隠れているのかもしれない。

 引用の引用となってしまい恐縮であるが、本書にはこんなことも書いてある。

リーダーは自信をもって嘘をつくし、たとえ露見しても自信をもって釈明する。なぜなら「権力を持っていると、嘘や不誠実に伴うストレスは和らげられる……権力を持つとすべてが思い通りになると錯覚し、その錯覚によって確信犯的にもっともらしい話をこさえられるようになる……しかも大きな権力を持つと、社会的な規範を無視するようになり、そうした規範は自分には当てはまらないと考えるようになりがち*17」だからである。

 

ジェフリー・フェファー著, 村井章子訳, 日経ビジネス人文庫, 2018, p162.

*17は D. R. Carney et al., "The Deception Equilibrium: The Powerful Are Better Liars but the Powerless Are Better Lie-Detectors" (unpublished manuscript, 2014), 2.

 実際、権力を使えば嘘が後々現実になったり、嘘を正当化したり、露見しても責められなかったりする。まさに罰せられないのである。実際に顔を合わせたことの無い政治家から、私たちが日常的に接触するリーダーまで、このような傾向は少なからず持っているのではないか……と個人的には感じている。そして権力があればあるほど、この傾向は強くなるのではないか。

 また、権力者のこのような心理から、リーダーになってからナルシスト型の振る舞いが強くなるという人間も少なくないのではないかと考えられる。出世すれば自分のことを面と向かって批判する人間は減るのが一般的だ。周りはイエスマンばかりで、自分の言動は常に正しいと思い込みがちになる。自分のための嘘も、組織のためだと自分に言い聞かせれば権力を使って押し通すことが出来る。客観的に見れば、それは利己的な行動にも関わらず、である。後天的なナルシストは、こうして出来上がるのかもしれない。

6. 私たちはどう振舞うべきか

 では、”悪いヤツ”にどう対処すればよいのだろうか。

 私が特に興味を惹かれたのはふたつ。

 まず、他人の言葉ではなく行動を見ること。これまで本項でも述べたように、本書によればリーダーにはナルシスト型の人間が多く、大抵のリーダーは嘘をつく。つまり言行は不一致である。彼らが語ることが全て噓だとは考えにくいが、彼ら自身に有利になるように脚色されている可能性は大いにある。彼ら自身が語る言葉ではなく、彼らの行動や実績にこそ注意を払うべきである。実際に話す機会があればなおさら良い。詰まるところ我々は、他人の言葉を信じるよりは、自分の目で見て、自分で聞いたことを基に判断すれば上手く行くらしい。

 もうひとつは、ときには、悪いこともしなけらばならない、と知ることである。本書でこの言葉を見つけた時には笑ってしまった。あまりにも正直だと感じたからだ。良い結果を得るためにはよからぬことをせざるを得ない時もあるという。善人ばかりでない世の中で競争に勝つためには、必要とあらばよからぬ人間になることを学ばなければならない。この節ではさすがに他の節ほど具体的には方法について語られていない。具体例のひとつとしては、サッカーの所謂シミュレーションが挙げられている。勝つためには、相手側からさも反則行為を受けたように演技をする必要もあるとあるメディアが語ったという。これは恐らく、リーダーになりたいという人へのアドバイスであろう。

 本書では他にも、「こうあるべきだ」(規範)と「こうである」(事実)を混同しない、普遍的なアドバイスを求めない、「白か黒か」で考えない、許せども忘れず、といったことについても説明をしている。

7. 最後に

 本書では、なぜ悪いヤツほど出世するのか、具体例や研究を紹介しながら詳細に説明してくれる。正確には、アメリカのリーダー教育で指導する内容と、実際のリーダーの言動が異なることを指摘し、私たちに自分の身は自分で守るよう勧める。

 内容は、少々くどい部分や、具体例に納得できないと感じるものもあったが、薄々思っていたことをデータと共にハッキリと述べてくれるため、ある種痛快であった。また、少々飛躍したものの見方かもしれないが、悪いもののような言い方をされる”ナルシスト”といった性格特性も、要は使い方次第である、ということかもしれない。

また、本書での”リーダー”は、部下に対する関係として上司や幹部、CEOまでひとまとめにされている印象を受ける。実際の中間管理職の方からは「そう単純じゃない」とツッコミが入りそうではある。

 気になった方は是非とも本書を自分で読んで頂きたいと思う。この感想では触れなかった内容や、著者の主張を支持する具体例や文献共に豊富に記されている。